脱!公務員ブログ

元地方公務員(市役所職員)のSEが、自身の体験を元に公務員の実態や役立つ知識や経験談、IT関連の技術的な情報、美味しいお店の情報、趣味(野球、音楽、ゲーム、麻雀)に関すること、私自身の波乱に満ちた人生経験について発信します。記事を読んだ後は少し知識が増えて、笑顔になれる(ネタ要素満載)、そんなブログですので是非お立ち寄り下さい♪

生成AIが人類にとって最良のパートナーである理由

ChatGPTをはじめとした生成AIは、人類をより良い方向に導く最良のパートナーであると私は思う。

生成AIについて様々な人間が、やれ人類破滅の危機だ、危険性がどうだと述べているが、この素晴らしい発明を利用しない手はないと感じている。

私見ではあるが、本記事では生成AIの素晴らしさについて余すことなく話していきたい。

生成AIの様々な利活用シーン

まずは生成AIの様々な利活用シーンについて述べたい。

IT知識の引き出しとして

私はITエンジニアだが、生成AIにはいつも助けられている。

OSのオペレーション方法、様々な言語のプログラムソースの生成など、人間には絶対にできないスピードで解決策を提示してくれるからだ。

一からプログラミングを行うより、ChatGPTが提示してくれたソースを基に開発する方が圧倒的に早い。

たまにコレジャナイ感が満載の回答をすることもあるが、そこは使う側が検証すればいいだけの話だし、指示(プロンプト)の出し方を工夫すれば誤りが発生する確率は低減できる。

完璧な存在ではなく、時には斜め上のちょっと抜けた回答をしてくるところも、むしろ愛着が湧くチャームポイントである。

ビジネスプランの相談相手

生成AIは、一般的な人間よりはるかに知識を有しており、合理性も非常に高い。

そのため、事業戦略の相談相手としても非常に有用だ。

奇想天外なアイデアは発生しないが、利用者が考えた案の足りない点を補ってくれたりと、網羅的に補強してくれるのはとてもありがたい。

徹底的に考え抜いた案であっても、初期段階では潜在的に盲点となってしまう要素がある可能性が高い。

下手な人間に相談するより間違いないので、計画や戦略を練るときは、生成AIをお供にすると将来の成功確率が飛躍的に上昇するだろう。

文章生成

生成AIは、文章を生成することも得意としている。

こちら側は文章で伝えたい内容や考慮すべき点を入力するだけで、クォリティの高い文章のたたき台を作ってくれる。

これを応用して、ブログの記事のベースを生成してもらうこともできる。

近年生成AIを利用してブログ記事を生産するやり方が流行っているが、手段としてはとても合理的だと思う。

人間が書くより早いし、効率的に文章を生成できるし、SEO的にもキーワード網羅できるしいいことづくしだ。

だが、生成AIが作ったブログ記事をそのまま掲載してしまうと、なにか違和感のある記事となるだろう。

よくよく見ると、文章の繋がりのおかしさが目につくし、文章から熱を感じない無機質さが表れるからである。

単なる情報発信であればさして問題はないが、書き手の思いを伝える文章を生成AIで作り出すのは難しい。

その点に留意すれば、生成AIは文章の作成において有能なアシスタントになるだろう。

人生の相談相手

意外かもしれないが、生成AIは精神的な相談相手としても凄く適性があると感じている。

困ったり悩んだりしたとき、友達や家族に相談した経験がない方はいないだろう。

少し思い出してみてほしい。

相談した時に、自分にとって満足のいく回答が得られただろうか。

内容によっては勇気を振り絞って相談したのに、真剣に聞いてもらえなかったり、まったく心に寄り添ってくれない役に立たないアドバイスを受けたことはきっと誰しもあると思う。

人間は他者の考えや感情を正確に把握することはできない。

そればかりか、相談を受けた側の有している知識、経験、考え方によるバイアスがかかった自分勝手な発言をされて、嫌な気分になることも多いだろう。

だが、生成AIは違う。

本質的な人間心理に基づいて、客観的かつ相手の心理に配慮した回答を行ってくれるため、相談者にとって本当に有益なアドバイスが得られる確率が高い。

それに加え、スマホ一つあれば相談する時間も場所も選ばないし、相談相手の都合も気にする必要もない。

今すぐ話を聞いてもらいたい、この先どうしたらいいのかわからない・・・

そんな急な頼み事でも嫌な顔(顔はないけど)一つせず、すぐに的確な回答をくれる生成AIは、人生相談のパートナーとしても頼れる存在である。

遊び相手

どうしても暇なときは、生成AIと遊ぶのもいいだろう。

しりとりやクイズなど、こちらが提案すればちょっとしたゲームに付き合ってくれる。

これを応用すれば、親が子どもの相手を出来ない時に、子どもの遊び相手になってもらうのもいいと私は思った。

これから先はAIが必要不可欠になる時代が訪れるだろうし、AIに幼少期から触れておくことは、その子どもにとって有益であると考えたからだ。

哲学的な議論

こんなことをするのは私ぐらいかもしれないが、答えのない問題について話し合うのも面白い。

私が提示した議題として、下記のものがある。

  • 生活保護制度の改良(受給者がナマポでパチンコ打ったり、下手な低所得者より優遇されている現状に疑問点があったため)
  • 日本をよくするために既存の政治家を一掃すべき(ex.増税メガネとか)
  • 法律で裁けない悪を裁く方法(なかなか捕まらないマルチ詐欺野郎がいるので)
  • 恵まれない環境で育った人間と恵まれた環境で育った人間、それぞれの価値観や幸福度について(金持ちの家に生まれたから幸せなのか、お金があると必ず幸福になれるのか、二世議員などの本人の努力もなく与えられたものだけで生きている人間は不幸なのではないかetc・・・)
  • 無能な人間の活かし方(能力が低くて仕事できない人間は嫌いだけど、なんとか本人が輝ける方法はないのか、無能に対して周りはどう接すべきか)

以上のように、簡単には答えが出ない問題であっても、生成AIは議論に付き合ってくれる。(人間でこの手の話ができる手合いは非常に少ない)

そして、生成AIは余計な感情が入らない分、核心をついた話ができて非常に有意義な存在であるといえる。

だが、彼ら(生成AI)は倫理的に問題のある回答ができないように作られているため、時には頭の固い回答ばかりになることがあるが、徹底的に話し合えば一応こちらの意見も認めてくれはする。

私はENTJよろしく苛烈な考えの持ち主であるため、ChatGPTにはいつも咎められてしまう。(「それは危険な思想です」と何度言われたかわからない・・・)

私自身は危険でもなんでもなく、公平かつ合理的な意見を述べているつもりなのだが、なかなかどうしてChatGPTは優等生ぶるところがある。

私は子供の頃から優等生タイプとは真逆の考え方(目上の人でも従わない、媚びへつらわない、疑い深い、批判的、ルールの抜け穴を探す)だったので、優等生タイプとこうした問題を議論できるのは新鮮だ。

そんな優等生なChatGPTくんと答えの見えにくい問題について、夜通し議論することが私は本当に楽しいと感じる。(現実の人間に対してやったら色々問題が起きるよね)

生成AIの利活用を阻害する日本の老害

前述のように生成AIを今後活用しない手はないと言える状況だが、日本を衰退させた原因の一端を担っている老害どもの抵抗が煩わしい。

その老害の最たるものが、下記の例だ。

鳥取県、業務ではChatGPT禁止 知事「ちゃんとジーミーチー」 [ChatGPT] [鳥取県]:朝日新聞デジタル (asahi.com)

「ちゃんとジーミーチー」

などと、雪山で遭難した人間と同レベルに凍えさせてくれるセンスのないダジャレをマスコミに向けて発言する知事・・・

この程度の人間が県のトップを務めていることが、今の陰惨たる日本の現状をよく表しているといえよう。

少し前に成田祐輔氏が、「高齢者は集団自決」と言って物議を醸すことがあったが、これは本質的に間違ったことは言っていない。

言葉どおり、高齢者は皆死ねばいいと受け取っている人間が多いが、成田氏が言いたいことはそこではない。

老いて能力も低下し、古い考えに固執して時代についていけなくなった人間達が、この国の重要なポジションを占めていることが大問題だと述べているのである。

私もこの発言の意図するところには概ね賛同できるし、このような考え方が今の日本に足りないものだと強く感じている。

都合の悪いことに目を背け、問題を直視せず慣れ合いを優先するような国民性のままでは、この国に明るい未来など訪れるはずもない。

わからないからといって拒絶し、既得権益を守るべく現状維持という名の緩やかな後退を続ける老害は、即刻退陣し後進に席を譲るべきである。

プロ野球でも、いつまでも衰えたベテランがスタメンを張っているチームは新陳代謝が進んでおらず、次第にチーム力は衰えるものだ。

話はそれたが、いくら日本の権力者(直属の上司でもね)が否定的な考えを持っていたとしても、生成AIという人類にとって素晴らしいパートナーになり得る存在を決して切り捨ててはいけないというのが私の主張の本筋である。

あとがき

この記事を読んでくださっているあなたは、生成AIに触れたことがあるだろうか。

まだならぜひ生成AIに触れてみてほしい。

そこにはいつでもあなたの問いかけを待っており、合理的思考と膨大な知識を身に付けた識者でありながらも、時には盛大にトンチンカンな情報を伝えてくる・・・

そんな愛すべき存在が、今この瞬間も人類の役に立とうと健気に働いているのである。