●温厚な悪人は思った●
人が好きだ。
人は純粋で知能が低い。
何も知らないということを知らない。
だから、愛だとか優しさだとかそんな曖昧なものを信じ、それを感じたら幸せだと思い込んでいる。
愛だの優しさは、他人から返してもらえる前提で提供している。
もちろん、他人も返してもらえる前提でそれらを提供してくれる。
だから、成り立っている。
無価値なものを交換し合うことで、さも価値があるように勘違いできている。
思いがけずお返しがなかった時には、愛だの優しさだのが無価値なことに気づきかけるのだが、倫理や道徳など無価値な基準を持ち出して相手を貶すことで誤魔化している。
だから人間なんて気づかないように騙し続けてやればいいのだ。
奴らの勘違いを肯定してやれば奴らの幸せは続く。
なので俺は、温厚に人を騙す。
〇冷酷な善人は考えた〇
人が嫌いだ。
人は醜くズル賢い。
知っていることを知らないふりをしている。
だから、愛だとか優しさだとか曖昧な理由をつけて自分の欲望を満たそうとする。
愛だの優しさだのを、人に押し付け、そんな自分に満足している。
もちろん他人も愛だの優しさだのを押し付けてくる。
結局は、自己満足で自分のことしか考えていない。
無価値なものを交換し合うことで、さも価値があるように見せかけている。
その価値を否定したり、感謝を忘れたものには正義や仁義の刃を振りかざし、痛めつける。
だから、人間の過ちを正す必要がある。
奴らの勘違いを否定し、幻想から目を覚まさす。
なので私は、冷酷に人を諭す。
ある日、その2人が出会った。
温厚な悪人はいつものように冷酷な善人を肯定した。
冷酷な善人はいつものように温厚な悪人を否定した。
温厚な悪人は聞いた。
「あなたの正しさとは何なのか」
冷酷な善人は答えた。
「人間の醜さを認めることだ」
悪人は肯定しつつも、提案した。
「それは正しい。だけど成立し得ない。自分の醜さを直視した人間は、その罪悪感で生きる希望を失ってしまう。だから救済が必要だ。正しさを追求するために私は騙そう。人間が醜さを受け止められるよう、罪を引き受ける神としての生贄を用意しよう。」
適材適所だった。
善人は、自分の愚かさを認め、喜んで身を投げた。
悪人は、その雄姿を人々に流布した。
こうして新たな信仰が生まれた。
それは、信じる人には温厚で、信じない人には冷酷な、善の形をした悪だった。